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京都地方裁判所 平成11年(ワ)162号 判決 1999年5月28日

原告

森幹夫

右訴訟代理人弁護士

小川達雄

吉田隆行

村松いづみ

佐藤克昭

高山利夫

小笠原伸児

黒澤誠司

被告

京都信用保証協会

右代表者理事

安原道夫

右訴訟代理人弁護士

井木ひろし

芦田禮一

伊藤知之

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録一、二記載の不動産につき、別紙登記目録二記載の根抵当権共有持分登記の移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項と同旨

第二  事案の概要

本件は、訴外株式会社帯のたつ藤(以下「訴外会社」という。)の被告に対する信用保証委託契約を連帯保証した原告が、訴外中央信用金庫(以下「訴外金庫」という。)との保証契約に基づいて訴外会社の訴外金庫に対する債務を代位弁済し、訴外金庫の有する根抵当権の一部譲渡を受け、根抵当権の一部移転登記を受けた被告に対し、右の信用保証委託契約についてした連帯保証契約に基づき代位弁済し、右根抵当権の共有持分を取得したと主張して、根抵当権の共有持分登記の移転登記手続を求めた事件である。

一  争いのない事実

1  被告は、訴外会社の委託を受け、平成七年五月二二日、訴外会社との間に信用保証委託契約を締結したが、原告は被告に対し、右の信用保証委託契約に基づいて生ずる訴外会社の被告に対する求償債務を連帯保証することを約した。

2  訴外会社は、同日、訴外金庫から金一〇〇〇万円を借り受け、被告は訴外金庫に対し、訴外会社の訴外金庫に対する貸金債務の信用保証をした。

3  訴外金庫は、別紙物件目録一、二記載の不動産(以下「本件不動産」という。)について有する訴外会社を債務者とする根抵当権に基づき、本件不動産に対する不動産競売の申立てをしたところ、この申立てを受けた京都地方裁判所は、平成一〇年九月一一日、競売開始決定をした(同裁判所同年(ケ)第八四一号)。

4  訴外会社は、同年一〇月一日午後五時、同裁判所から破産宣告を受けた。

5  被告は訴外金庫に対し、同月五日、訴外金庫との間の信用保証委託契約に基づき、訴外会社の訴外金庫に対する貸し金残債務金四九九万円、未払利息金一二万四〇九七円の合計額である金五一一万四〇九七円を代位弁済し、訴外金庫が訴外会社に対して有する本件不動産についての別紙登記目録一記載の根抵当権の一部譲渡を受け、同目録二記載の根抵当権一部移転登記手続を経由した。

6  原告は被告に対し、同年一二月七日、被告との間の前記連帯保証契約に基づき、訴外会社が被告の前記代位弁済の結果負担することになった求償債務を代位弁済し、被告が取得した右根抵当権の共有持分を取得した。

7  そこで、原告は被告に対し、別紙登記目録二記載の根抵当権共有持分の移転登記を求めたが、被告は、原告が移転を受ける根抵当権の共有持分が訴外金庫の有する同目録一記載の根抵当権に劣後することを承諾する旨の念書を差し入れることなしにはこれに応じないと主張している。

二  争点

被告が主張するように原告が念書を差し入れないことを理由として原告の本訴請求を拒絶することはできるか。

(被告の主張)

1 最高裁判決による実務の統一

根抵当権の確定後、被担保債務の一部が保証人によって弁済された場合、保証人は根抵当権の一部につき法定代位し、保証人と根抵当権者は根抵当権を準共有することになるが、右準共有状態における根抵当権者と保証人の根抵当権との優劣関係は、かつては見解が分かれ、執行実務でも混乱がみられた。しかし、最判昭和六〇年五月二三日(民集三九巻四号九四〇頁)は、保証人(一部弁済者)は根抵当権者に劣後すると判断し、実務は確定した。したがって、被告が訴外金庫に代位弁済して訴外金庫から一部移転を受けた根抵当権と、訴外金庫に残った根抵当権との優劣関係は、被告の根抵当権が訴外金庫の根抵当権に劣後することは争いがなくなった。

2 乙一、二の意義

乙一、二は、一部弁済者が原抵当権者に劣後することを確認した金融機関相互の念書で、右の最高裁判決が出る前は、その間の優劣関係を確定させる文書であった。右最高裁判決後は、これらの念書は当然のことを確認するだけの文書となったが、実務上は従来から慣行化された文書として、現在でも作成する慣行が残っており、商慣習(商法一条)を構成している。

3 本訴の実情

以上のような事情のもとで原告が一部代位を根拠として被告に移転を求める根抵当権は、訴外金庫の根抵当権に劣後することは明確で、原告には乙二の念書に署名せず、本訴を提起して登記の移転を求める利益はなく、実務を混乱させるだけのものにすぎない。

仮に、原告が配当期日までに根抵当権の移転登記を得て競売手続に参加したとしても、配当期日に作成される配当表は、訴外金庫の根抵当権が優先し、被告の根抵当権が劣後することは明白である。その場合、原告は訴外金庫に対し、配当異議の訴えを提起し、請求棄却の判決を受けて初めて紛争が解決するのかもしれないが、法的にはそれでよいとしても、実務的には甚だ困難な事態で、被告は勿論、訴外金庫としても大いに困惑することになる。

他方、原告は、乙二の念書に署名すれば、直ちに被告から根抵当権の移転登記を受けられ、そのことで何の不利益も受けないのであるから、本件は、裁判手続を利用して移転登記をすることしか意義のない訴訟である。

4 抗弁

(1) 商慣習の存在

被告の求償債権の保証人が被告に対して保証債務を履行したことによって被告の有する担保権に法定代位する場合、その担保権が金融機関に被告が信用保証した債務を代位弁済したことにより金融機関から一部移転を受けたものである場合には、被告が移転する担保権と金融機関に残った担保権の優劣関係において金融機関が優先するので、この趣旨を明確にするため、保証人は被告に対し、「金融機関の担保権の被担保債権は保証人の被担保債権に優先して配当を受ける」旨の念書を差し入れ、この念書が差し入れられるまでは、被告は保証人への担保権の移転を拒むことができる(念書の差し入れと担保権の移転は同時履行の関係に立つ)というのが商慣習である。

(2) 権利濫用

仮に、原告が被告に対し、根抵当権の移転登記を求める権利を有するとしても、① 原告の根抵当権が訴外金庫の有する根抵当権に劣後することは確定した判例であること、② 乙二の念書は、右の趣旨を確認する書面にすぎないこと、③ 原告は、乙二の作成をすれば、直ちに根抵当権の移転を受けられるのに、あえて本訴を提起するという迂遠な道を選択し、被告に困惑を与えていること、④ 原告は、乙二に署名しても何の不利益もないのに、被告は、乙二に署名されずに登記が移転されると、訴外金庫に釈明せねばならない等、実務上大きな不利益を被ることを考えれば、原告の本訴請求は権利の濫用である。

(原告の主張)

1 本訴は、根抵当権の持分に基づく配当請求訴訟ではなく、原告の保証債務の履行によって準共有状態になった根抵当権の共有持分の移転登記請求訴訟である。したがって、本件における争点は、被告が主張するように保証人と原抵当権者との優劣関係ではなく、被告が述べる法律問題の成否である。

2 被担保債務の弁済によって準共有状態となった根抵当権の共有持分の移転登記請求において、被告が主張するような念書の差し入れは法律上の要件ではない。被告が乙一を訴外金庫に差し入れているとしても、そのことは原告の関知しないことであり、それによって原告が同様の念書を差し入れる義務を負うものではない。根抵当権の移転の要件を定める民法の規定は、強行法規であって、被告が主張するような商慣習は存在しない。

3 原告は、根抵当権の準共有者として、これに符合する根抵当権共有持分移転登記手続を求める法律上の利益を有する。

4 被告が引用する最高裁判例は、もとより原告が求める登記手続に被告が主張するような念書の差し入れを要件とするものではない。

5 被告が主張するように、最高裁判例のもとで実務が確定したものであるとすれば、原告が根抵当権共有持分登記を得たからといって、何ら被告が不当な不利益を被ることにはならない。

6 被告の主張は、畢竟、被告が被ると主張する理由なき「困惑と不利益」のために原告の正当な法律上の主張を妨げるものである。

第三  争点に対する判断

一  前記の争いのない事実によれば、原告は、別紙登記目録一記載の根抵当権の確定後、訴外金庫との間の信用保証契約に基づき、訴外会社の訴外金庫に対する債務を代位弁済して求償権を取得するとともに、根抵当権の一部譲渡を受けた被告に対し、被告との間の連帯保証契約に基づき、訴外会社が被告の代位弁済の結果負担することになった求償債務を代位弁済し、被告が取得した根抵当権の共有持分を取得したものであるから、被告に対し、その根抵当権の共有持分の移転登記手続を求める権利を取得したことが明らかである。

二  被告は、原告がその主張のような念書を被告に交付するのと引換えでなければ、原告の求める移転登記手続に応ずる義務はないと主張し、その根拠として、そのような商慣習のあること、右念書を交付せずに根抵当権の移転登記を求める原告の本訴請求が権利の濫用であることを主張する。

しかし、被告が主張するような金融機関にだけ都合のよい商慣習があることを認め得る証拠は全くなく(被告主張の最高裁判決の後はなおさらである。)、原告が被告主張の念書の差し入れをせずに本訴請求をすることが権利の濫用であるとも到底認めることはできない。被告主張の最高裁判決は、配当の優劣に関するものであって、被告主張の念書の差し入れが抵当権の移転登記手続と同時履行の関係に立つことを述べるものでもなければ、これを根拠づけるものでもない。配当段階に達した場合には、被告が主張するような優劣関係があるとしても、抵当権を取得した保証人が抵当権の移転登記を受け、これに基づいて競売の申立てをすることもあり得るし、原抵当権者の抵当権が弁済等によって消滅したり、その競売申立てが取り下げられたりすることは十分考えられ、抵当権を取得した保証人である原告がその取得した実体的な権利に符合する移転登記を受ける十分な利益のあることは明らかである。しかも、右の優劣関係は、原抵当権者である訴外金庫と保証人としてその債務を履行して抵当権を取得した原告との間の問題であって、抵当権移転の当事者である被告と原告との間の問題ではなく、被告の右念書の差し入れによって利益を受けるのは原抵当権者である訴外金庫であって、被告ではないのであるから、被告が右念書の差し入れを原告への抵当権の移転登記と引換えにすることを求め得るとする根拠はないというべきである。被告の主張は、抵当権の移転登記との引換えにこのように何ら法律上根拠のない念書の差し入れを求めるものであって、このような根拠のない念書の差し入れを要求しておきながら、この念書が最高裁の判例の趣旨を確認する書面であるとか、原告の本訴提起が不当であるとか、被告に困惑を与えるものであるとか、原告がこれに署名しても何の不利益もないとかいうことは到底できないものである。また、被告は、右の念書の差し入れを受けないで原告への抵当権の移転登記をすると、訴外金庫に釈明せねばならない等、実務上大きな不利益を被るとも主張するが、これはあくまで事実上の問題にすぎないものであるのみならず、原告に義務のないことを求めているのであるから、原告がこれに任意に応ずれば格別、原告がこれに応じない以上、そのことによって不利益を被ったとしてもやむを得ず、このことの故に原告にこれに応ずべき義務が生ずるものでもない。したがって、被告が権利濫用の根拠とする事実関係は、いずれもその根拠とはならないものである。そして、他に被告が原告の本訴請求を拒絶し得ると認め得る根拠及び証拠は全く見当たらない。被告の抗弁は失当である。

第四  結論

以上のとおりであって、原告の本訴請求は、理由があるのでこれを認容することとする。

(裁判官・山下満)

別紙

物件目録<省略>

登記目録<省略>

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